Liutaio IWAI TAKAO

 トピックス

2018年4月14日 親方Gio Batta Morassi ジョ・バッタ・モラッシーへ(その1)

 今日は親方のことを思い出しています。26年ぶりに家の倉庫の中から釣り道具箱を探し出しました。

中を見ると、あの日のluccio(川カマス)の魚拓が出てきました。管理が悪かったので、カビだらけで布も腐って穴が

開いていました。風通しが必要だったですね。日本にはluccioがいないので釣り道具と一緒についついほったらかしに

してしまいました。

   

 アッダ川のluccio 1988年

川カマスと私

「親方、よく見てください。魚拓の下には釣り人 IWAI TAKAO Gio Batta Mrassi 1988 と書いてあります。

あの年のクリスマスの日、親方の家に私を昼食に招待してくれましたね。食後に、今日はクリスマスなので川には釣り人は

誰もいないだろうと話し、2人でAdda川に行きましたね。あの日はいつもより少し下流でしたね。あの時私が釣ったluccioが

この魚拓です。 あの頃の冬場はいつも日曜になると朝早くから日が暮れるまで取り付かれるようにluccio釣りに行きま

したね。一日中、静寂の中で河辺に佇んでいるとまるで私たちが絵画の中の一場面のようで、糸が川底に引っ張られる

まではじっと待つだけ。魚がかかると場面は一転し、竿が折れんばかりに引っ張られluccioとのやり取りの中で、

今まで寒さで凍えきった身体が急に熱くなり、心臓はドクドクと音をたて、頬や耳は真っ赤になりましたね。

またいつか一緒にluccio釣りに行きたいと思っていたのに、親方はあの世に行ってしまったので果たせぬ夢となりました。

とても寂しいです。

 

luccioを釣って上機嫌の親方 アッダ川にて 

私は親方の工房に弟子入りしたおかげで今も楽器作りを続けています。

親方にそうとうこき使われたおかげで、今では腕の中にモータが入っているかのように仕事が速くできるようになりました。

親方の後ろ姿を見ていて、職人としてしぶとく生き延びて自分の夢を叶えることを学びました。

私がそちらへ行ったときには共にLuccio釣りに行きたいです」

ご冥福をお祈りいたします。


2018年4月3日 2本のバイオリン 

 2本のバイオリンのニスを塗っています。1本はフルサイズ、もう1本は3/4の分数バイオリンです。

楽器を作り続けていると、2〜3年に1回表板や裏板に節や乾燥割れがでて、フルサイズバイオリンの木取りできないものが

でてきます。そんな時は、分数サイズのバイオリンを作ります。

今作っている3/4サイズのバイオリンは、横板と裏板が完成してから5年間放置されました。運が悪く、フルサイズバイオリン

にとっては運が良く、分数バイオリンの材料がとれませんでした。

今年の初めに大きな節のある表板が出てきたので、それを切り取り、分数バイオリンに使いました。

ニス塗りは現在制作中のバイオリンと同時進行しています。2本ともグアルネリ・デル・ジェズモデルです。

   

 複雑な模様の裏板(カエデ1枚板)

 ニス塗り中

上の写真のバイオリンはフルサイズのもので、板目の木取りなので、複雑な模様がでています。

   

 左がフルサイズ   右が3/4

 左がフルサイズ   右が3/4

2本のバイオリンともまだニスは完成していないので指板はついていません。表板を磨くとき仕事がしやすいように指板は

はずして、ニスが完成してから指板を張り付けます。

   

 日本のイタヤカエデ

 日本の楓の中で一番大きくなります

庭で8種類ほどのカエデを育てています。今年は一番最初に日本のイタヤカエデが花を咲かせました。春のカエデはよく

見ないと見逃すほどの小さい花が密集して咲いています。私は桜を見るよりカエデの花を見るのが年中行事となっています。


2018年3月24日 弓フロッグ製作

 弓のフロッグの至る所が割れていいたり、減っていたりしてスティックとフロッグの遊びが出ていたので、新作フロッグの製作依頼

がきました。古い弓で、ビヨームタイプの弓が八角形でなく、フロッグとスティクの当たり面が半円形になっているものでした。

黒檀の塊からフロッグを作りました。

   

 黒檀の塊から作る

オリジナルの寸法を取りながら製作

寸法はすべて現物を測りながら作りました。弓が完成した時、弓を持った時の感覚がオリジナルと同じになるように、磨耗部分も

同じように作りました。スティックとフロッグの稼働部分だけは新作弓のようにぴったりと面合わせをしました。

   

 右側が新作

 右側が新作

フロッグ作りはバイオリンを作る時と違って、銀材料を使ってロウ付けの作業や貝を使っての作業があり失敗が許されない

作業ばかりです。バイオリンは製作過程で少し失敗しても、それに合わせて作って行けば失敗ではなくなる特性があります。

古い弓のフロッグ製作はその弓にフロッグを合わせなくてはならないので、楽器作りでは感じない緊張感がありました。

   

 庭の桃の木

 桃の花がびっしり詰まっています

今年は去年より早く、また多くの桃の花が咲きました。生ごみや枯草を大きな木の箱に入れて2年間ねかせました。

冬場にそれを開けてみると堆肥に混ざって多くのミミズも出てきました。それらを庭の植物の肥料としてリサイクルしました。

家庭ごみからも立派な肥料が作れることがわかりました。


2018年3月12日 チェロ完成

 今年の4月22日大阪市中央公会堂での関西弦楽器製作者協会展示会に出展するチェロです。

このほかにバイオリンとビオラも出展します。

       

私は1981年に楽器製作の勉強のためにイタリアのクレモナに行きました。その時から37年の年月が経ちました。

楽器を製作した最初の頃は、どんなものを作ったらよいのかはっきりと解らず、親方の言う通りに楽器を作っていました。

毎日楽器を作り続けて、30年経った頃から自分の好みというものがはっきりしてきました。

今回完成したチェロは、作る前から「こんなものを作りたい、こんなニスの仕上がりにしたい。こんな音が出たらいいなあ」

と思いながら作りました。仕上がりはそれに近いものでした。長年作り続けて良かったと思っています。

ものづくりの醍醐味を味わうのに37年かかりました。


2018年2月9日 忘れられないカエデの裏板

 

 上の写真のユーゴスラビア産のカエデは私が持っている材料の中でも、忘れることができない材料です。

忘れもしない1984年当時クレモナではモンドムジカ(年に一回クレモナで開催される展示会)もなく、材料調達はモラッシーの

店で買うか、ドイツのミッテンバルトで買うかがほとんどでした。そんななか年に1回ユーゴスラビアから材料屋が来て

クレモナ市内のA.R.C.と呼ばれる多目的施設で、バイオリン材料を売っていました。

上記の写真の材料は裏板、横板、ネックで30,000リラしました。当時の円換算では3,000円でした。

その頃私の1ヶ月の家賃は35,000リラ(3,500円)でした。あまりにも高額なので1日目は欲しいけど高すぎるとそのまま

帰りました。2日目もう一度材料屋に行き、2,000円の裏板を買うか、3,000円の裏板を買うかずっと迷っていました。

すると材料屋が3枚まとめて買うなら、少し値引きをすると言ったので、そこはイタリアでしたが、1万km離れた京都の清水

の舞台から飛び降りた気持ちで、3セットを購入しました。

この材料はそんな経緯があり、なかなか使う気持ちになれませんでした。

最近になって気持ちも少し変化し、今使わないと私がこの世にいなくなっても材料はこのまま残ってしまうのでは

ないかと思うようになりました。

私がこの材料を買ってから34年が経ちました。3枚ある裏板のなかの最初の一枚を使ってみることにしました。

この文章を書いていたら当時の材料を買った場所も覚えていて、その近くのvia Palavicinoには石井高さんの工房も

あったと思いだしました。赤いバイオリンの看板が目印でした。NHKのドラマ「川の流れはバイオリンの音」の撮影では

石井さんが随分と協力されたことも思い出しました。そして石井さんの中古の洗濯機をもらって私の家まで運ぶ途中、

Duomoの裏の坂道で洗濯器がリヤカーから転げ落ち、家に着いて電源を入れてみると洗濯機は動かず壊れてしまった

ことも思い出しました。イタリアの洗濯機は当時からさいころの形状で見事に転がりました。

4年前に石井さん大阪の中央公会堂で講演会をされました。石井さん作のバイオリン3本の弾き比べとクレモナの

修業時代の話でした。会場には奥さんと息子さんも同席されていました。私は20数年ぶりに石井さんに会いました。

奥さんと息子さんとは30数年ぶりの再会でした。

石井さんはずいぶんと痩せられていましたがとても元気でした。私は引っ越しをして枚方の古民家に住んでいるので

大阪に来られた時はぜひ遊びに来てくださいと話しました。「じゃあ、ぜひ今度行くから」と笑顔で握手をして別れました。

しかし、その翌年、石井高さんはクレモナで亡くなられました。37年前クレモナに行った時、色々お世話になりました。

37年前に石井さんから頂いたf孔の穴を切り取る糸鋸は、今も私の道具立てにかかっています。

1枚のカエデの板から30数年前のことを思い出しました。

   

 ギター完成

 チェロ ニス塗り始めました

ギター 弦を張り完成しました。ギターのページはこちらです。ギターページ


2018年1月26日 チェロ製作、ギター製作、バイオリン弓製作

 チェロ製作は少しづつ進み、表板板厚を仕上げ、f孔を仕上げ、力木接着まできました。

   

 チェロ 力木接着

 f孔の仕上げ

私の作っているギターは駒の接着も終わり、最終的なニスの仕上げをやっています。

弓製作はもうすぐ完成です。

今年1月にイタリアのクレモナでバイオリンの博物館に行くと、ストラディバリのギターやトーレスのギターの展示会を

やっていました。これらのギターは見るチャンスが少ないのでとても参考になりました。

       
 クレモナの博物館 ストラディバリのギター   トーレスのギター ストラディバリのギター

 


2018年1月1日  元旦のチェロ作りそしてギター

あけましておめでとうございます

 

 

バイオリン工房クレモナに来られた方はきっと見覚えがあると思います。

あの吠えてばかりいる小太郎です。

実はこの小太郎は2代目です。

最近は高齢のため吠える回数が減っています。毎日よく寝ています。飼ってから11年目になります。もと野良犬で成犬だったものを譲り受けました。推定年齢は13歳くらいでしょうか。

 

 今年の初仕事はチェロとギターを同時進行で作っています。この数年間は1月になるとチェロを作っています。

この寒い時期にチェロの荒取りをするのが理に適っているからです。今年のチェロはこのペースで進むと4月の

関西弦楽器製作者協会の展示会には余裕で間に合いそうです。

 


 

 第2号のギターを作っています。第1号と同じモデルで同じ力木配列、同じローズウッドとアベーテロッソの材料です。

両者の違いは1号ギターが材料が天然乾燥で、2号ギターは熱化学還元処理をした材料で作っています。

4月大阪南港のクラシックギターフェスタにこの1号と2号の2本を出展します。

   

上記の右写真はギターの駒です。ギターの表板は一見、平のように思いますが実はバイオリンと同じように、少し

膨らんでいます。ギターの駒の接着面はこの表面板のカーブに合わせて隙間なく削り合わせなくてはなりません。

バイオリンの駒の30個分くらいの表面積になると思います。大変な仕事です。ここの精度は音に大きく影響する

するように思います。


2017年11月27日 私の仕事場完成

 

 完成した私の工房

 3年かかって少しづつ私の仕事場の一室が完成しました。職人の仕事場は重要なものです。

人生の残りの1/3はそこで過ごすからです。できるだけ気持ち良く仕事ができる場所でなくてはなりません。

上の写真を見ての通り、部屋の壁全面が「松花堂弁当」のように私の作ったものでぎっしり詰まっています。

左面は現在作りかけのチェロ、壁にはバイオリンの工程分解図、楽器を真半分に切って内部を見る事が出来る本物の

楽器もあります。普通、板の厚みは見る事が出来ませんが、これなら断面が見えるので板厚の状態が一目瞭然です。

私オリジナルの「バイオリニストの椅子」は渦巻きや駒の形をした背もたれが付いた椅子で弦も4本付いています。

右側面は作業台、この作業台は23年前にマンションの一室からスタートした「バイオリン工房クレモナ」を支えてくれたものです。

材木屋に行ってシオジの厚板を買い自作したものです。その作業台の上には作り始めたマンドリン、写真では見えませんが

作業台の前は窓ガラスがあり庭の緑が見え、季節の移り変わりを感じ取れます。冬の今頃は太陽の光が工房の中まで

いっぱい入ってきます。

奥の壁面は自作の棚があり、昔飼っていた2匹の犬の写真を張り付けた開き戸があり、床のデザインと同じ模様です。

棚の上左に見えるのはパガニーニの肖像画です。10年ほど前に私が模写したものです。

極めつけはオリジナルの床です。もっと書くことはありますが、自慢はこれくらいにしておきます。

作りかけのチェロは来年4月22日の大阪中央公会堂での関西弦楽器製作者協会の展示会に出展します。

作り始めたマンドリンは来年10月の東京での弦楽器フェアに出展します。


2017年11月10日 ニカワ壺とニカワの筆

   

 年季のはいったニカワ筆

 ニカワ壺とアルコールランプ

 接着剤のニカワは楽器製作には欠かせないものです。私は多くの楽器を作りますが、それ以外に時間が空いた時には

日曜大工が趣味です。自分の使う机や椅子やスピーカーボックスを作ります。これらの接着剤にはみなニカワを使います。

今使っているアルミのニカワ壺は3個めのものです。陶器製のものや電熱器のはいったものを使いましたが、

現在使っているアルコールランプで温めるものが気に入っています。ニカワの筆は5本あります。そのうち常時使うのは

毛の色の白い3本の筆です。毛の黒い2本の筆には、ほかすにほかせない愛着があります。

一番すり減ったニカワの筆は1980年代に使っていたものです。来る日も来る日も毎日楽器ばかり作っていたので

ニカワの筆も動物の毛の部分だけでなく木でできているにぎりの部分まですり減っていきました。

その頃はまるで風神か雷神のようにしゃかりきになって楽器を作っていました。接着の時などはその筆で、風の吹きさらすなか、

大量の落ち葉を掃除する竹ホーキのようにすばやく作業をしなくてはなりませんでした。

 

 1981年 仕事場兼住居6帖ひと部屋、共同トイレ、シャワーも風呂も無し、家賃1ヶ月3,500円

1980年代は私の生涯で最も多くの楽器を作りました。白木のバイオリンの材料をもらい、ニスを塗る前段階まで作り

1本2万円の賃金で毎月2本くらい作りました。年間で24本を5年間は続けました。ということは120本は作ったことになります。

その後、少しずつ作る数は減り、ちょっとづつ自分の売る楽器の値段が上がっていきました。

現在ではその頃の楽器と比べると品質は良くなりましたが、値段は上がり1本100万円となっています。

昔は時間に追われて毎日楽器を作っていたので、楽器を作るたびにこんな時間に追われて粗い仕事ばかりの

バイオリンを作ることは常に早く卒業したいと思う日々でした。

毎月2本のバイオリンを5年間も作り続けるのは結構大変なことです。しかしその頃の私は何の貯えもなしに

イタリアに行ったので、生活費を稼ぐこと、家賃を払うことがすべてでした。

楽器が売れて、少しお金がたまると釣りや自転車やカヌーににお金を使ってしまい、なぜか充実はしていましたが、

いつもお金がなかったように思います。

このすり減ったニカワ筆を見るとその時のことが思い出され、そこには愛着もあり、なぜか捨てることができません。

日本に帰ってからは自分の納得した楽器を作ろうと音質に関係する箇所は時間をかけて丁寧に作っています。

あと何本のニカワ筆とニカワ壺を使うのかなどこの文章を書きながら思いを巡らせました。

上の写真は私の親方、ジョ・バッタ・モラッシーの工房です。第1号チェロ完成1984年4月 モラッシー50歳、私30歳。


2017年11月6日 新たなチェロ製作

 11月5日東京の弦楽器フェア無事終了しました。その夜、500kmを走り大阪に帰ってきました。

スバルインプレッサも快適に走りました。明日からは来年の4月22日(日)大阪での展示会に出展するチェロを

完成させなくてはなりません。ちょうど気温も下がり、私の工房は古民家でとても寒くなるので、大急ぎでチェロを

作るには最適の環境となります。いくらチェロの荒取りを削り続けても汗が出ることはありません。

古民家は肉体労働者に向いています。

   

チェロ裏板と横板 

 チェロ 楓の荒取り

上の写真のチェロ裏板は化学薬品を使わない野村式熱化学還元処理を行っているので、削っていないところは煤で真っ黒けです。

最初のうちは削っていると香ばしい匂いもします。半年後、チェロが完成した時は無臭となっています。

この野村研究所で行っている方式で材木を処理すると、音が良く鳴るように思います。

5年間試行錯誤を続けているうちにちょっとづつ音も良い方向に変わりました。しかし古いオールドものに近づくには

道のりは険しいように思います。気長に続けるしか方法はありません。

   
 表板アベーテロッソの木口のパラフィン  モラッシーの山で採れたチェロ表板

上の写真のチェロ表板は天然乾燥のもので今年で24年が経ちました。普通材木の小口にはパラフィンが塗って

ありますが、時間の経過とともに色が濃く、変色していきます。しかしパラフィンのおかげで材木のひび割れは起こりません。

私の親方、モラッシーの山で採れるアベーテロッソは木質がやわらかい割に、なぜか重量が重たいです。

25年も経っているから水分は蒸発しているのに、木自体が生まれながらにして重たいものとしか考えられません。

この重たい木は高音が良い音がするように思います。今になって思うと日本に帰国する25年前、材料を出世払いで

売ってくれた親方モラッシーには感謝の気持ちがふつふつとわいてきます。明日からは朝早く起きて仕事を始めます。


2017年10月27日 ギター完成

 

 今年の5月から奈良の丸山氏のギター工房で作り始めたギター5ヶ月半かけて完成しました。

弦楽器フェアのギターブースに出展します。試奏会も出展します。今年はバイオリン、ビオラ、チェロ、ギターを出展

します。この4本を一人で手に持って、東海道新幹線に乗るのはちょっと危険です。長時間の車運転となりますが、

私の愛車インプレッサに乗って東京へ運びます。

スバルちょっと心配。前の車もスバルやったのに。。。。これからはちゃんと検査して!

   
   

上の写真はギターのラベルです。クラシックギター第一号なのでまだラベルはありませんでした。

時間がなかったので、手書きで作りました。

36年前にペルージアで作った3本のバイオリンも手書きのラベルでした。印刷したのはクレモナに住んでからでした。

私の行動は何年経っても何十年たっても同じことを繰り返していることをラベルによって発見しました。


2017年10月14日 バイオリン・ビオラ・チェロ完成

11月3日〜5日開催の東京の弦楽器フェア出展楽器3本が完成しました。バイオリンはグアルネリ・デル・ジェズモデル。

ビオラはストラディバリモデルで、41.3cmです。チェロはストラディバリモデルです。

ぜひ会場で試奏してみてください。3本とも地下のサイエンスホールで行われる試奏会にも出します。

今年はこのほかに、ギターを1本出展します。ギターは現在ニスを塗っています。予定では10月28日に完成します。

   

  赤松に吊るされた弦楽器

 灯篭とバイオリン


2017年9月20日 白木バイオリン完成

今年11月に開催の東京での弦楽器フェア出展の白木バイオリンとビオラ完成しました。私は毎年このフェアにバイオリ

ン・ビオラ・チェロを出展しています。そして今年もバイオリン・ビオラ・チェロの試奏会にも参加します。会場の科学技術

館地下のサイエンスホールで行われる音の弾き比べ試奏会です。私は20数年間毎回続けてこの試奏会に出展参加

しています。

 毎年ニス塗りの段階に入ると、どんな音が試奏会の会場でするのか気になります。この時期になると、もう1本作り

なおすには時間がないので、これらの楽器を完成させて今年の楽器はこんなものが出来ましたと披露するだけです。

私の製作した楽器は製造直売なので、このサイエンスホールで自己宣伝する方法が最適です。

ある意味、これらの楽器の出来栄えの良し悪しが私の楽器製作の仕事が続けられるかどうかが直結していて、私自身

には大変緊張感のあるイベントでもあります。長年これを続けていると私の作る楽器も少しづつよく鳴るようになった

ようにも思います。

この試奏会があるから多くの楽器を作り続けているのだと思います。つまり展示会に育てられたとも言えます。

   

 


2017年8月13日 チェロ完成 +あおむし+カラスアゲハ

   

 チェロが完成しました。私は長年、日本画や西洋絵画の鑑賞が趣味です。また油絵も自分で描いたりします。

バイオリンのニスと油絵に使う絵具はほぼ同じ材料でできています。両者の違いは顔料の量です。油絵具は不透明

になって下地のカンバスの色が見えなくなり、色そのものが表面に残らなくてはなりません。かたや楽器のニスは

透明であり、表板なら針葉樹の年輪、裏板ならカエデの虎杢がはっきりと見えるくらい透明感が必要です。

しかし、無色透明ではなく黄色、オレンジ色茶色などの色も見えて下地の木の美しさを見せる事が重要とされています。

両方とも主成分は亜麻仁油です。

 最近は自分の作った楽器には自分の好きな色を絵を描くのと同じように塗ればいいと思うようになりました。

西洋絵画にはスフマートと呼ばれる技法があります。これは輪郭線をはっきり描かず霞のようなぼけた感じで色と

色が移り変わる技法です。

今回のチェロはできるだけ多くの色を使いできるだけ色の濃淡をつけるようにしました。絵を描くのと同じように

そこには個性が出てくることを発見しました。油ニスを作る時の顔料の多い少ないや、柔らかい刷毛や硬い刷毛を

使うことによって、仕上がりの印象が大きく変わることにも気づきました。ニス塗りは今までより楽しくなりました。

   
 ウイキョウで育つキアゲハのあおむし

 ウイキョウの花

今年もわが家の庭では蝶が卵を産み付け、いろんな植物にあおむしがついています。すでに数匹のキアゲハはさなぎ

となりその後羽化してどこかへ飛んでいきました。来年、また卵を産みに戻ってきます。我家の庭では毎日ひらひらと

色々な蝶が飛んでいます。

今年は珍しく鉢植えのはっさくの木にカラスアゲハのあおむしが住んでいます。上記の写真のキアゲハは珍しく

ウイキョウの葉を食べています。蝶を呼ぶためにパセリ、レモン、山椒などをせっせと育てています。今も目を凝らして

よく見ると仁丹のような直径1mmほどの卵がいっぱい付いています。ゲリラ豪雨が降っても落ちることなくすくすく

育っています。

   

蝶は飛んでいると羽の裏側の様子など見る事はありませんが、写真で撮ると見事な模様が浮かび上がりました。

上左のあおむしはカラスアゲハです。この緑色から深い黒光りした美しい蝶に生まれ変わる自然界の営みは毎年

見ていても感動ものです。